港区 白金(しろかね)

白金長者が居を構えたのが町名の起源

白金(はっきん)と読めば「プラチナ」を指しますが、この地名の白金(しろかね)が意味するところは「銀」になります。
室町時代に、この村を作った柳下上総介が大量の銀(当時の読みはしろかね)を所有していたため、「銀長者」から「白金長者」と呼ばれるようになり、その「白金」部分がそのまま地名になったという説が有力です。
バブル期に、おしゃれなカフェやショップが集まる街になり、周辺も高級マンションや高級住宅が増えました。
そこから「シロガネーゼ」といった呼び方も広まりました。
シロガネーゼという言葉の由来は、「ミラノっ子」という意味のイタリア語「Milanese(ミラネーゼ)」で、自分が住む土地に誇りを持ち、おしゃれを楽しむ姿を重ね合わせて作られた造語です。
シロガネーゼという言葉が浸透し始めた2000年頃に東京メトロ南北線が開通し、交通の便も良くなったことからショッピング街としても発展してきました

高級住宅街「白金」付近にはこのような物件があります

白金の地理

白金は港区の南部に位置し、南麻布、白金台、高輪、恵比寿という人気の高いエリアに囲まれた高台の高級住宅地です。
ほぼ全域が首都高速2号目黒線と桜田通り、東京都道312号白金台町等々力線に囲まれる地形となっており、またエリアの中心部を東京都道305号芝新宿王子線が東西に走っています。

地下鉄ができるまでは車での移動が基本であったことから、現在もバスの路線が充実しています。
目黒通り沿いにある白金台5丁目は千駄ヶ谷や新橋行きなど複数の路線が利用できるターミナルスポットで、バスをうまく使うことで青山や広尾、西麻布へと乗り換えなしで行くこともできます。

白金の特徴

白金は江戸時代に大名屋敷があった関係で区画が広かったため、早くから政財界人の邸宅や別宅として需要が高く、東京都内を代表する高級住宅地として知られています。
また、聖心女子学院、北里大学、明治学院大学、東京大学医科学研究所、国立科学博物館附属自然教育園など、教育・研究機関が多く集まることから、街全体に気品と教養が漂う土地柄でもあります。

最寄り駅

最寄り駅は東京メトロ南北線と都営地下鉄三田線が利用できる「白金高輪駅」ですが、白金エリアの西側は隣駅の「白金台駅」(同じく南北線・三田線)も利用しやすいといえます。
南北線は全線開通が2000年という比較的新しい路線で、「目黒駅」「麻布十番駅」「六本木一丁目駅」「四ツ谷駅」などを結ぶ利便性の高い路線となっています。
また、前述のように幹線道路網が非常に整備されたエリアですので、池袋、新宿、渋谷、恵比寿などへ、車による移動も快適でしょう。
住宅地を構成するのはおもに一戸建て住宅ですが、南北線の開通以降は駅周辺・幹線道路沿いでタワーマンションなども充実しています。

白金の周辺にある施設

「まるでヨーロッパにいるようだ」と感じる人も多いという白金周辺には、ハイセンスなお店や文化施設が集まります。
白金台に位置する「東京都庭園美術館」は、そんなヨーロッパ気分がとりわけ感じられるスポットで、中でも1933年に建てられたアール・デコ様式の旧朝香宮邸がその代表施設です。
「東京都庭園美術館」は、1983年に贅沢な空間を活かした緑豊かな美術館として開館して以来、多くの来館者を迎え入れています。
本館にある豪華な「次室(つぎのま)香水塔」や「大客室」は多くの女性を魅了し続けています。
2014年には個性豊かな新館が完成し、伝統的な空間に新たな見どころが加わりました。
白金を代表する「プラチナ通り」には、おしゃれなカフェや良質なアイテムをそろえるショップが立ち並びます。
プラチナ通りは愛称で、実際は新宿と品川をつなぐ「外苑西通り」の一部です。
このプラチナ通り、美しいイチョウ並木がある通りとしても知られています。
秋のイチョウはもちろんのこと、5月の新緑の季節も気持ち良い散策ができます。
ジョギングコースや犬の散歩コースとしても人気です。
ハイセンスなワードローブやナチュラルコスメを取りそろえたセレクトショップ「BIOTOP」は、プラチナ通りを代表するショップ。
ウィンドーショッピングをするだけでも楽しいと、連日プラチナ通りには多くの女性が集います。

白金の歴史

応永年間、柳下上総介によって拓かれた白金村。江戸時代に入ると、荏原(えばら)郡と豊島郡の境界線にあったこの村は共同耕作地とされ、しばらくは静かな田舎町風情のたたずまいを見せていました。
白金台5丁目にある「国立自然教育園」には、城の跡とされる土塁が今も残っており、古くから人が生活を送っていた、住み心地の良い場所であることを伝えています。
明治以降は大きな屋敷が増え、都内でも知られた屋敷街へと変わっていきます。
先述の国立自然教育園は高松藩主松平讃岐守の下屋敷として長く使われていました。
隣の「東京都庭園美術館」は明治後期に創設された旧朝香宮邸ですし、白金台1丁目にある緑に囲まれた有名結婚式場「八芳園」は、江戸時代の初期には徳川家康の側臣「大久保彦左衛門」の屋敷であったといわれています。

富裕層からは、戦後も高級住宅地としてひそかに人気を集めていましたが、鉄道の駅が近隣になかったことから、現在のような知名度はありませんでした。
白金の知名度がグンと増すきっかけは、2000年の東京メトロ南北線、都営地下鉄三田線の開通です。
待望の駅誕生で永田町方面へのアクセスが容易になり、通勤時の利便性が増しました。ビジネスマンの需要が高まるのもこの頃からです。
また、南北線が東急目黒線や埼玉高速鉄道線と相互の乗り入れを始めたことが追い風となり、地方からも人を集める都内屈指の人気スポットへと成長しました。
現在、再開発により、住宅はもちろん、ショッピング施設、バスなどの交通面も、ますます整備が進んでいます。

もっと白金の魅力について知りたい方は→「憧れだけじゃない高級住宅地の素顔」

【港区の高級住宅街】

 ・麻布
 ・赤坂
 ・高輪
 ・青山


東京おもしろ雑学

町の由来 「港区編(1)」

応永年間(1394年頃)に南朝の武士で「柳下上野介」という人物が…

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