港区 赤坂(あかさか)

かつての大名屋敷街は、明治には軍人や官吏の住むブルジョア街に


赤坂という地名は、高台で染料に使われた茜が採れたため「茜坂」の「あかねざか」が「赤坂」に変わったという説があります。
また、「赤土の坂」に由来しているという説もあるようです。
いずれにしても、坂が多く起伏に富んだエリアです。
全体を見ると、最も低い外堀通りから東方向に下がった地形をしています。
青山通りから赤坂に向かうと、豊川稲荷を過ぎた辺りから急な坂を下ることになります。
同じ赤坂内で大きな高低差があることが、少し移動するだけで実感できるはずです。
青山通りから北方向にもかなりの高低差があります。
坂の数は25以上といわれ、地形の高低差によって古くから土地の利用法に違いが生まれています。
いかにも赤坂らしい繁華街は低地にあります。
坂を上ると由緒正しい歴史ある街並みが姿を見せ、やがて高級マンションが並ぶ屋敷街が現れます。
一口に赤坂といっても、その姿は実に多様といえます。
TBSの本社などがあることでも有名です。
赤坂見附駅周辺は骨董品店やホテルなどが集まり、華やかな雰囲気にあふれています。
高級料亭も多く、財界人や政治家に好まれています。

赤坂の地理

赤坂は六本木、乃木坂、赤坂御用地、虎ノ門に囲まれたエリアです。
東京ミッドタウン、赤坂サカスなど、華やかな繁華街のイメージを持たれがちな赤坂ですが、表通りから一歩奥へ踏み込むと、檜町公園、氷川神社、久國神社など多くの由緒ある寺社仏閣や自然豊かな公園、緑地が連なる閑静な高級住宅地となっています。
エリアの北側を国道246号(青山通り)が走り、渋谷方面へのアクセスが容易です。
一方、南側は首都高速3号渋谷線が通っており、東名高速に簡単にアクセスできます。

赤坂の特徴

赤坂は「江戸城に近い高台」という土地の特性を生かし、江戸時代には紀州徳川家をはじめ有力大名や旗本の屋敷街として栄えました。
このため住宅地の区画が広く、区画と区画の間に十分な緑地が設けられています。
静謐(せいひつ)さとプライバシーを大切にする富裕層にとって、東京屈指の繁華街の近くでありながらこのような上質な環境を保っている赤坂は、住居を構えるのに最適の土地となります。
マンション需要が非常に高い赤坂ですが、こうした事情から高級一戸建て住宅にも人気が集まっています。

最寄り駅

最寄り駅は東京メトロ千代田線が利用できる「赤坂駅」と東京メトロ銀座線・丸ノ内線の「赤坂見附駅」です。
また、「赤坂見附駅」は東京メトロ有楽町線・半蔵門線・南北線が利用できる「永田町駅」と連絡しております。
都心のおもな地域へのアクセス性は非常に優れているといえるでしょう。

赤坂の周辺にある施設

赤坂といえば、キー局TBSのお膝元として知られています。
2008年に誕生した「赤坂サカス」は、赤坂の新名所となりつつあります。
人気のライブハウス「赤坂BLITZ」や「赤坂ACTシアター」といった文化的な施設が立ち並び、人々が集う「Sacas広場」は多種多彩なイベントが開催され、いつ行っても新鮮な発見に満ちています。
グルメも豊富で「赤坂Bizタワー」の地下階は世界各国の料理が堪能できる食空間となっており、おしゃれさとも相まって特に女性から支持を集めています。
なお、赤坂周辺は桜の名所としても知られています。
赤坂サカス敷地内には、100本の桜が植えられています。
特徴はその種類の多様さです。
春の到来を告げる河津桜が3月上旬に開花すると、ソメイヨシノなど計11種類の桜が時期をずらしながら咲き続けます。
品種によっては5月のゴールデンウィークあたりまで楽しむことが可能です。
特に遅咲きである「菊桜」は、金沢・兼六園で人々を魅了する桜と同じ品種で、250~400枚ほどの日本で最も花弁の多い桜が楽しめます。
また、日本三大桜の1つで、国の天然記念物にも指定されている福島県の「滝桜」の子孫樹も赤坂サカス内にあります。

赤坂の歴史

昔は海だった赤坂。
次第に海が引いた結果、低地が耕作地として利用されるようになり、高地とは坂で結ばれました。
中世から近世にかけては特色のない一地方でしたが、徳川幕府が江戸に置かれると赤坂の歴史は大きく動き出します。
江戸城を守るため、城の西にあった今の赤坂周辺に徳川御三家のひとつ紀伊徳川家をはじめとする大名や、旗本などを配置したのです。
こうした身分の高い層が住んだのは坂上の高台で、次第に屋敷町が形成されていきます。
一方、低地には身分の低い藩士や江戸城内で働く職人、一般の商人や庶民などが住むようになり、赤坂はかつてないほど賑わうようになりました。

元号が明治になると、このあたりは赤坂区の一部になりました。この赤坂区が現在の港区の前身です。
この頃、高台に居住していた大名や旗本たちは故郷へと戻り、時代の主役を担うようになった新政府の役人や公家、軍人たちが代わりに住むようになりました。
また、低地からも藩士や江戸城内で働く者たちが去り、商店や旅館、料亭が並ぶようになりました。
赤坂の地は江戸時代以降、花街としての顔もあります。
明治以降は軍人や政財界人など有力な層がこぞって赤坂を利用していたようです。

戦後は日本政治の中枢、霞が関が近かったことから高級料亭などが続々と誕生し、戦前と同じように政財界人が集まる街へと復興しました。
現在も大いに賑わう有名な街でありながら、高台を中心に住みやすい高級住宅地の一面を持ち合わせています。

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