千代田区 番町(ばんちょう)

「番町」は、千代田区の「一番町」から「六番町」までの町を指します。
南には新宿通り、北には靖国通りが通っています。
江戸時代の旗本のうち、将軍を直接警護するものを大番組と呼び、大番組の住所があったことから番町と呼ばれました。
皇居の北西部に隣接する番町は、江戸時代から続く伝統的な屋敷街です。


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その時代ごとに、日本の中枢をなす人間が住み続けてきています。
江戸時代には旗本たち、明治には華族、官僚、富豪たち。
現在は霞ヶ関や永田町にもほど近いので、大物政治家たちが居を構えています。
政治の主人公が変わるとともに、その人々が、最もハイクラスな生活を持ち込んだのでした。

家康の親衛隊的組織「旗本」の武家地

番町が皇居と隣接している理由を知るには、400年程前にさかのぼる必要があります。
徳川家康の江戸幕府のころ、現在の外堀はまだ作られていませんでした。
海も川もないこの方面は、江戸城が攻められた際の急所になるはずでした。

そこで家康は、この方面にみずからの親衛隊的な存在の武家集団を張りつかせることに決めたのです。
低湿地を避け、城に近い番町から麹町の台地は、幕府防衛を任務とする旗本たちの屋敷用に渡されました。
これらの旗本は「番衆」や「番組」と呼ばれ、この一帯の武家地は総称して番町と呼ばれるようになったのです。

番町といえば、怪談「番町皿屋敷」が有名ですが、舞台となった屋敷がどこにあったのかは定かではありません。

「大臣横丁」と呼ばれる道

番町はその後、武家の街から屋敷街となります。
戦前には高級官僚や軍人、華族、財界人らがこの街の住人の中核を形成していました。
全国広しといえども「大臣横丁」という通り名をもつ場所はどこにもないでしょう。
大臣横丁は、三番町と四番町の真ん中を東西に走る道で、現職の大臣が多く住んでいたためそう呼ばれています。
番町の屋敷街は、1945年の東京大空襲によって焼け野原と化しましたが、疎開から戻ってきた住民たちによって再建されていきました。
家が建ち並べばまた、高級住宅地に戻っていきます。

憧れの都心住まいのさらに上


そして今でも、国の中心に最も近い高級住宅地として、番町はその威厳を守り続けています。
番町という名で総称される千代田区一番町から六番町まで番号をあてられた街。
この場所は、憧れの都心住まいの、さらに一段上に位置しているのです。
都心各区に住むセレブたちに、予算を度外視して住みたい場所を尋ねたら、この街の名は真っ先に出てくるでしょう。

昭和40年代に入って、都心の代表である番町一帯にはマンションの姿が目立つようになりました。
高級住宅街であると同時に、番町は都内屈指の高級マンションが建ち並ぶエリアとなったのです。
買い換えによってマンションのグレードアップを繰り返してきた人ならば、住み換えのゴールの1つはここにあるといってもいいほどでしょう。
環境、立地、そして価格的に見ても、番町より上を求めることは難しいのです。
マンションは価格的にも、グレード的にもハイクラスであり、番町はステータスを落とすことなく、今に至っています。

名門校が集まる都心屈指の文教地域


番町のウリは、威厳や高級感だけではありません。
これまで、多くの文化人に愛された土地でもあります。
この地に居を構えたのは、有島武郎菊池寛島崎藤村滝廉太郎藤田嗣治ら、教科書にも登場するそうそうたる顔ぶれでした。

現在の番町一帯は、都心屈指の文教地域なのです。
また、「番町小学校」や「九段小学校」など、数少ない区立の名門小学校もあります。
女子教育の草分け的存在でもある六番町の「雙葉中学校・高等学校」や、一番町の「女子学院中学校・高等学校」、三番町の「東京家政学院中学校・高等学校」「大妻中学校・高等学校」と、私立の女子校も多数存在しています。

さらに、番町には、都心としては緑が多いのが特徴です。
大臣横丁あたりに咲くキンモクセイや、「東郷元帥記念公園」の豊かな木々。
こうした環境の中に、イギリス大使館ローマ法王庁大使館など、ランドマーク的な建物が点在しています。

一方で、生活に関する利便性も高いのが番町の大きな特徴です。
利用できる駅は、「市ケ谷駅」「四ツ谷駅」「半蔵門駅」「麹町駅」。
JR中央線と4つの地下鉄が通っています。
住宅地でありながら、都心の機能は手放してはいないのです。

一口に番町と言っても広大で、利用できる駅が多いのは前述のとおりです。
具体的に、一番町は「半蔵門駅」、二番町は「麹町駅」と「四ツ谷駅」、五番町は「市ケ谷駅」に近いといえます。

半蔵門駅


「半蔵門駅」は東京メトロ半蔵門線の駅で、麹町一丁目交差点の真下にあたる場所にホームがあります。
江戸城にあった半蔵門に一番近かったことから名付けられています。
半蔵門の由来は、服部半蔵の屋敷に近かったからという説や、象が半分しか入れなかったからと諸説ありはっきりしませんが、江戸開府の際、家康が入城した歴史的な門であることは確かです。
今でもさまざまな皇室行事のメインの出入り口として利用されています。
千鳥ヶ淵などの名所、各国の大使館、最高裁判所といった国の重要機関に近く、国立劇場の最寄り駅でもあります。

麹町駅

「麹町駅」は東京メトロ有楽町線の駅で、有楽町線の乗り換えができない単独の駅の中では、1日の乗降客数が最も多くなっています。
駅は3層構造で、地下2階が上り方面、地下3階が下り方面と、それぞれに専用のホームが設置されています。
ベルギー大使館やイスラエル大使館など、各国大使館の最寄り駅であるほか、日本テレビのかつてのお膝元でもあります。

四ツ谷駅


「四ツ谷駅」はJR中央本線(JR中央線及び総武線)と、東京メトロ丸ノ内線・南北線が乗り入れています。
改札口は四ツ谷口、麹町口、赤坂口の3ヵ所で、番町に最も近くて便利なのは麹町口です。
なお、JRと東京メトロ間で乗り換える場合は、丸ノ内線のホームに直結している赤坂口が便利です。
上智大学四谷キャンパスや聖イグナチオ教会、ホテルニューオータニが近くにあります。

市ケ谷駅

最後に紹介する「市ケ谷駅」は、JR中央本線(JR中央線及び総武線)、東京メトロ有楽町線・南北線、都営地下鉄新宿線の4路線が乗り入れる一大ターミナル駅です。
ソニー・ミュージックエンタテインメントや印刷大手の大日本印刷などの大企業があり、外濠公園や靖国神社など、自然豊かなスポットにも恵まれています。

一番町


皇居を望む一番町近くにあるのが千鳥ヶ淵公園です。千鳥ヶ淵公園は、皇居西側の千鳥ヶ淵と英国大使館のあいだに位置しており、千鳥ヶ淵緑道から向かうと、千鳥ヶ淵交差点から皇居半蔵門までのあいだとなっています。
千鳥ヶ淵公園が最も賑わう季節といえば春です。
ソメイヨシノやヤマザクラなど、桜の木が多数あります。
ボートを借りて桜のアーチをくぐることも可能です。

二番町

日本テレビ通りを挟んで東西に広がる二番町には、三河国から徳川家康とともに江戸へ来た然翁聖山和尚が創始者の心法寺があります。
この寺の墓地には、酒樽の形をした墓など、ほかではあまり見られない墓石が多く、考証家として知られた竹尾善筑の墓もあります。
ベルギー大使館が近いことから、修道院を目にすることもできます。

三番町

番町内では広い面積を占める三番町は、東郷元帥記念公園を有しています。
高低差がある公園で、低い部分は上六公園として開園しました。
高い部分は、公園に隣接していた東郷平八郎連合艦隊司令長官の私邸が、その後公園となったものです。
園内には東郷邸にあったライオン像や力石が残され、子供たちの憩いの場となっています。

四番町


都営住宅や図書館など、公共施設が多い四番町。ここには行人(ぎょうにん)坂という南法眼坂からさらに北に下る坂があります。
地誌「御府内備考」には、「行人坂、古、某法印と称する行人この辺りに居するゆへこの名あり、また法印坂とも呼び法眼坂といふ」と記載されています。
こうした由緒ある坂が多数あるのも番町の魅力のひとつです。

五番町

「市ケ谷駅」にほど近い五番町には、大都会の真ん中とは思えないような遊歩道があり、緑の風景が続きます。
過去と現在、アスファルトと緑が美しく調和する、番町ならではの風景といえます。

六番町

良家の子女が通う、雙葉中学校・高等学校の校舎が並ぶ六番町
桜蔭中学校・高等学校、女子学院中学校・高等学校と並んで「女子御三家」と称される雙葉は、校舎のたたずまいから品の良さを漂わせています。
ご近所に名門がある喜びを番町では味わえます。

さらに番町の魅力について知りたい方は→「憧れだけじゃない高級住宅地の素顔」


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