渋谷区 代々木上原(よよぎうえはら)

小田急線と千代田線が通る、閑静なお屋敷街です

都内でも有数のお屋敷街である代々木上原。
大きな邸宅やおしゃれなカフェが点在し、芸能人や外国の方の姿も多く見られます。
また、庶民的な商店街もあり、落ち着いた雰囲気を持っています。
代々木上原の商店街の特徴は、とにかく多彩なことです。
昭和を感じる昔ながらの食堂や八百屋があったかと思えば、洗練されたカフェやこだわりの輸入雑貨が並ぶショップ、さらには食通が通うイタリアンなどがあるのです。
一見、統一性のないお店が集まって、ひとつの独特な空間が作り上げられているのが、代々木上原という土地なのです。
なお、お店が並ぶのは駅前周辺のみです。
住む場所と遊ぶ場所がしっかりと分かれているため、街全体にメリハリがあり、それも居住地としての人気を高めている理由のひとつなのです。

高級住宅街「代々木上原」付近にはこのような物件があります

代々木上原の地理

代々木上原は、小田急小田原線と東京メトロ千代田線の「代々木上原駅」を中心に広がる高級住宅地です。
町名では上原1~3丁目を中心に、元代々木町、西原、大山町の一部を含む一帯となります。
エリアの北側は小田急小田原線に接し、南側は東京大学駒場キャンパスに接しています。
また、東海大学代々木キャンパスや、中高一貫教育を提供する名門私立の松蔭中学校・高等学校などがあり、文教地区としての土地柄も感じられるエリアです。
北に車を走らせると,首都高速4号新宿線及び国道20号にすぐにぶつかります。
永福から高速道路に入れば、中央自動車道と接続することも可能で、山梨方面へのアクセスも抜群です。

代々木上原の特徴

住宅地としての代々木上原は、昭和初期、当時としては東京都内有数といわれた高級住宅地である徳川山が、分譲されたことから注目を浴びました。
これは現在、独立行政法人の国際協力機構東京国際センター付近にあたりますが、今日では代々木上原駅を中心に南方面に大きく住宅地が広がり、高級一戸建て住宅や高層・中層マンションが立ち並んでいます。
場所によって個性は大きく異なり、駅周辺の低地は住宅も小規模ですが、坂を上った先には複数台の車が駐車できるような、ゆとりのある邸宅が増えてきます。
住宅の合間から代々木上原駅を見下ろすこともでき、高台の心地良さを思う存分味わうことができます。

最寄り駅

最寄り駅である「代々木上原駅」では、小田急小田原線と東京メトロ千代田線が利用できます。
小田急小田原線は「新宿駅」を起点に神奈川方面に延びる路線で、東京メトロ千代田線は「表参道駅」や「霞ケ関駅」「大手町駅」などがあり、東京都心方面への移動に利便性が高くなっています。

代々木上原駅に千代田線が乗り入れたことによって、このエリアの住宅地は人気が急上昇しました。
もちろん、下北沢をはじめ、成城や新百合ヶ丘といったエリアへのアクセスは抜群ですし、江の島や箱根、小田原といった観光地に足を延ばすのも容易です。

代々木上原の周辺にある施設

駅を出るとすぐに住宅地に入るため、規模の大きい施設は近辺にはありません。
代々木上原駅周辺にある有名スポットは「古賀政男音楽博物館」です。
古賀政男さんは、美空ひばりさんや五木ひろしさんの楽曲を手掛けたことで知られる昭和期の作曲家で、氏のゆかりの品などが展示されています。
駅から徒歩約5分の位置にある、トルコ政府が運営するモスク「東京ジャーミイ」は見ごたえがあり、異国情緒に満ちた神秘的な外観は見る者を魅了します。
予約をすれば中に入ることもできます。
日が差し込むと美しく輝くステンドグラスは一見の価値ありでしょう。
また、トルコ文化やイスラム教を伝える「トルコ文化センター」が併設されており、トルコの文化はもちろん、イスラム教について学ぶこともできます。
ゆっくりした時間を過ごしたい方に人気なのは駒場公園です。ここは元々、加賀百万石で知られる前田家の前田利為侯爵の邸宅跡地です。
邸宅は今なお公園内に残されているため、見学をすることが可能です。
もちろん、ただの家ではなく、タイル貼りの洋館は完成当時、装飾品の豪華さから「東洋一」と称されたほどです。
公園中央には芝生エリアが広がっており、晴れた日には芝生の上でリラックスする人が多く見られます。
さらに、公園内には貴重な近代文学作品が保管されている「日本近代文学館」も併設されています。

代々木上原の歴史

代々木上原が人々の住宅の選択肢候補の上位に入るようになったのは、比較的最近のことです。
江戸時代は特にこれといった名所がなく、周辺にある緑豊かな鎮守の社「代々木八幡宮」や、現在の代々幡斎場にあたる「荼毘所(だびしょ)」が人々との接点を生んでいたのみでした。
現在の代々木上原と重なる場所は、かつては畑や水田が広がる農村だったのです。
明治維新後、代々木村は幡ヶ谷村と合併し代々幡村となります。
そんな自然にあふれた代々幡村が大きな転機を迎えたのが、1923年に発生した関東大震災です。
一帯は高台にあったことから大きな被害を免れ、宅地としての安全性が高いと考えられました。
結果として、再度の地震を恐れる富裕層たちの注目を集め、西原から大山町にかけての高台は大規模に分譲されることになったのです。
昭和に入ると小田急小田原線も開通し、商店街が形成されていきます。
高度経済成長とともにじわじわと知名度を高め、現在では多くの財界人の邸宅が立ち並ぶ高級住宅地になりました。
中でも大山町は高級な物件が並んでおり、都内屈指の憧れの住宅地に成長しています。

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