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 住宅情報なら住建ハウジング > 東京おもしろ雑学 > ま行 > 町の由来 「渋谷編(3)」
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≪町の由来 「渋谷編(3)」≫

猿楽町 さるがくちょう
ここには6〜7世紀の古墳時代末期の円墳が二基あり、その二つのうち高さ 5mほどの大型の方を、昔から猿楽塚と呼んできました。この塚があることから、このあたりを猿楽といい、現在の町名の起源となった と言われています。現在も、「ヒルサイドテラス」敷地内に猿楽塚は保存されています。

また、町名の由来は他にも言い伝えがあります。

鎌倉時代に、源頼朝がこの地で猿楽を催し、その道具を埋めたからと言う説と 、ここが風景の良い所だったので、時としてこの塚の辺にて酒宴を催し 心のウサを晴らしたので「去我苦」と言われ、後に「猿楽」と記すように なった、とも伝えられています。

ひがし
東の町名は、JR渋谷駅の東にあたる地域ということで、それまでの田毎町、 氷川町、若木町、八幡通、常磐松町、中通、恵比寿東、永住町、上智町、 緑岡町、下通の一部がまとめられて、昭和四十一年に成立しました。
合併された地名は古いものが多くそれぞれに歴史があるようです。
常磐松町のあった場所には樹齢400年を超える松の木があったそうです。
この松は源義朝の妾で、あの九郎判官義経(牛若丸)の母常盤御前が植えたと いう伝説から常盤松と呼ばれました。
松は第二次大戦で焼失してしまいましたが、江戸時代にこの一帯は 薩摩藩島津家の持地だったそうで、
島津藩士が建てたと言う碑(渋谷区東4-4) が残っています。
大正十四年、区立常磐松小学校が誕生したとき、校長が 「割れやすい皿ではなく、丈夫な石に」 と主張して、同校は常磐松小学校と名づけられたそうです。

昭和三年、それまでの常盤松の町名も、常磐松に改められました。

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